東本願寺の時間

おはようございます。
 今朝も宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌のテーマ「今、いのちがあなたを生きている」をご縁にお話させていただきます。

第2回は「形になった言葉」です。

 私の実家のお寺は三重県にあるのですが、北陸を中心に遠方からわざわざ毎月泊りがけで仏教のお話を聞きにこられるようなお寺でした。
子どもの頃から、仏教のお話を聞いている人たちからかわいがられ、近くの温泉や公園へよく連れて行ってくれたことを憶えています。
念仏している人たちに囲まれながら育った私ですが、しかしある時期から育った環境に対して反発するようになりました。
「なぜ念仏なんかしなければならないのか」
「念仏をして何の意味があるのか」
と周りを見てずっと感じていました。
そのことが私の中で問いとなったのです。

「なぜ念仏なのか?」
現在もその問いは私の中で持ち続けていますが、いま少し思うことは「代われないという問題があるからではないか」と思っています。
代われないとは、たとえ我が子であったとしても決して代われない。本人の問題は本人が乗り越えていかなければならない問題があるのです。どんなに可愛くても「往生は一人一人のしのぎ」です。

 その例えがお釈迦さまの「四門出遊」のお話ではないでしょうか。「四門出遊」とは四つの門から出て遊ぶと書きますが、お釈迦さまが東西南北の4つの門から出て出会われたエピソードをいいます。

お釈迦さまは幼少の頃より物思いにふけることが多かったと言われていますが、それを国王であるお父さんや周りの人たちが、少しでも悩ませないように、嫌な思いをさせないようにと、「権力」と「財力」を使って徹底的に問題を取り除こうとするわけです。

 しかしそれでも直面した問題が、生まれたという事実から「老・病・死」―老い、病、死ぬ―いのちあるものは同じ姿を保つことはできないという問題です。この問題だけは親がどれだけ愛情いっぱいに我が子を守ろうとしても出会わなければならない本人の問題です。

ある意味この本質的な問題を乗り越えないと、たとえ境遇として恵まれていても、このいのちを本当に輝かすことはできません。だから念仏なのだと私は思うのです。

念仏というのは念仏したからといって良いことが起きるわけではありません。しなかったからといって悪いことが起きるわけでもありません。しようがしまいがご縁がくれば待ったなしなのですが、ただ違うことは昔の人を見ていると出遇ったことを縁に目覚める生き方をされていたと思うのです。

たとえば病気でも「娑婆はこんなものや。オレだけでない」と思う人もいれば、それを縁に道を求められた人もいるのです。どちらを生きるかは本人の問題です。できれば目覚める生き方をしてほしいと、無数の人の願いが念仏となって私たちに届けられているのです。

しかし私はそういう世界に触れるまでは、念仏の声も、夏に鳴くセミの声も同じように思っていました。ただうるさいだけでないかと・・・。しかしそうではなかったのです。念仏には深い願いが込められていたのです。

それだけではありません。念仏には「老・病・死」―老い、病、死ぬ―の課題を乗り越えて生きた人の歴史が厳然とあるのです。

つまり南無阿弥陀仏という言葉は単なる言葉ではなく「歴史」と「願い」が「形にまでなったもの」なのです。その世界を「どうか尋ねてほしい。たった一つしかないこのいのちを尽くしてほしい」と私たちは念仏から、無数の人たちから願われているのです。

そう思うと私自身小さい頃から多くの人に可愛がられ「念仏してね」と勧められてきたわけですが、今はその人たちの願いに真向かいになって、少しでも歩んでいければと思っています。

東本願寺の時間

おはようございます。
 今日から6回にわたって、来る宗祖親鸞聖人の七百五十回御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」をご縁に、日頃教えられていることをお話させていただきます。
第1回は「悩むは大事」です。

 私自身、大学で仏教を学び始めてから26,7年経ちますが、最近つくづく思うことがあります。それは「悩む」ということはとても大事なことだということです。「お前は一体何を学んできたのか」と自問自答するとき「悩むことは本当に大事なことであり、そのことを一つハッキリした」と言っても言い過ぎではないと思っています。

 今から15年ほど前のことですが、あるお家にご法事にいきました。十七回忌のご法事でした。亡くなられたのはそのお家の子どもさんで、当時高校生だった息子さんが事故で亡くなられました。ご法事の後にお母さんとお話をしたのですが、事故のことや今の気持ちを語ってくださる中で、地元の新聞に連載されていた「一期一会」というコラムをたまたま目にした話をしてくださいました。執筆者は私どもと同じ宗派である真宗大谷派のM先生だったのですが、
 「読み終えたとたんに熱いものがこみ上げて、涙が出て止まらなかった」
というのです。それからそのお母さんはそのコラムをスクラップにして、大事に大事にしているとのことでした。

私はその姿を見て教えられたのですが、もし子どもさんを亡くすということがなければ、きっとM先生の言葉に出遇うということもなかったのではないかと・・・・

つまり十数年間現実が引き受けられなかった年月が言葉に遇わせたのでないかと感じたのです。
たとえ同じ日に同じ物を読んだとしても、子どもさんを亡くすということがなければ決して出遇えなかったのではないか。
お母さんの深い悲しみが言葉に遇わせたのだと思わせられたことです。

 その後お母さんはご縁のあったお寺で真宗のお話を聴き続けられたのではないでしょうか、二十五年のご法事にお参りをさせていただいた時には
 「息子の死は南無阿弥陀仏に遇うためでした」
と涙ながらに仰られていました。
今も大変印象に残っているのですが、その言葉は決して息子さんの死が悲しくなくなったというのではないのです。
二十数年悩み苦しんできたことが「真実のいのちを訪ねる歩みであった」「大切なことを知るご縁であった」というのでしょう。言い換えれば息子さんをご縁に自分が本当に求めていたもの、探していたものに、気づかされたのではないかと思うのです。そのことが「息子の死は南無阿弥陀仏に遇うためでした」という言葉となったのです。

 お母さんを見ていると、問題に遇わない方がいいことは言うまでもありませんが、確かに問題によって歩まされ、励まされている事実を思うのです。

それまで私は問題を解決して助かると思っていました。不安なら取り除かれて救われると思っていました。
しかしそうではなく、問題こそが私自身を目覚ます唯一の手がかりであることを思わされます。つまり問題があるがゆえにこの「私」を立ち止まらせ、揺り動かし、「お前の生き方はこれでいいのか」と問われるのです。
そしてお母さんのように真実を求め、探す力となるのです。その歩みが、季節が来れば花が開くように、自然と真実の言葉に遇わしていただくのではないでしょうか。

 思えば私自身コンプレックスから現実の自分がなかなか引き受けられず今日まできました。今もコンプレックスは消えることなくありますが、しかしそれが私自身なのです。その私だから多くの言葉や人との出遇いを頂戴してきたように思います。これからもいろんなことに出会っていくのでしょうが、このお母さんのように問題を縁に道を尋ねていきたいと思っています。

念仏した人がすごかった

最近自分の中で、何故こうやって曲がりなりにも仏教を勉強しているのかなと思うと、

「念仏した人がすごかった」

からではないかと感じるのです。

ややもすると浄土真宗の持っている普遍性・真実性のみに心を奪われてしまう部分もありますが、本質はそうではないのでしょう。

親鸞は「教巻」に浄土真宗の教えを述べていますが、イメージとしては48願などの理屈や教義が記述されているように思われる方も多いと思います。

そうではなく、お釈迦さまと弟子の阿難との出遇いが記述されています。つまり理屈ではなく、出遇いの事実をもって教えとしているのです。

思えば人は正しいからとか道理が通っているから信じるのでありません。

「教巻」にあるように感動したり、ビックリしたり、自分の思いが破れるような出遇いに触れて、惹かれ求めるのです。

その全体を教えとして述べられているのです。

自分も思えば過去も含めて、すごい人だなぁとかこんな生き方したいなぁ、と思わせられた人に出遇ってきましたが、そんな人がたまたま念仏していたのです。

念仏の道理だけでここまで歩ませられてきたのではありません。

その人たちに魅力を感じ、ここまで歩ませられたのです。

未離欲(みりよく)だからこそ

「阿難」という人はお釈迦さまの十大弟子の一人です。

仏伝ではだいたい25年ぐらいお側におられ、一番教えを聞いた人といわれています。

ところが阿難は長く近くにいたにもかかわらず、なかなか悟れなかった人だといわれています。

仲間からは「未離欲(みりよく)」の阿難と言われていました。

仏伝によれば、お釈迦さまの乳母マハーパジャーパティの出家を懇願したり、お釈迦さまの最期(80才)を向かえる時に「依り所が失ってしまう」と木陰で泣いたり・・・・

しかし『大無量寿経』という経典で言えば、その阿難が大事な役割を果たしました。つまり「阿難の問い」によって法が説かれたのです。その「問い」がなければお経の存在はないほど大事な問いなのです。

お釈迦さまはその部分を「善哉、阿難。問いたてまつるところ甚(はなは)だ快(こころよ)し」と褒めたたえました。

考えてみれば問いもないところに真実を説いたとしても、それは種のないところに水を与えるようなもので、意味をなさないように思うのです。

言い換えれば「問い」が本当のことを語れる状況を作ったといえるでしょう。

すると問いは何故生まれたのかと思うとき、阿難の「未離欲」だからと思わずにはおれません。

「未離欲」ということは文字通り「欲が離れない」「受け止めらない」など悩みが尽きないというですが、そういうことが問わせたのではないでしょうか。

そう思うと阿難は決して褒められようとしたわけではなく、自分に正直に感じたままを尋ねたんだろうと思うのです。

そういう意味では何事も分かったこととせず、阿難のような自分に正直な問いを出せる自分でありたいと思うこのごろです。

わかるけどでもね

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 僕は子どもたちからムチャクチャ好かれたいと思っていますが、現実はなかなか難しいです(笑)

近所の方ですが、娘が20才を越えて、一緒に仲良くお酒を呑んだり、仲よさそうなのを見ると、あんな風にならないかなぁいつも思います(笑)

しかしあるとき友人の子ども(中学生)に
「娘は一時的に、父親のにおいとかを拒否反応示すようにできている」
「そうしないといわゆる近親相姦のようになってしまい、その種族が絶滅の危機に瀕してしまう」
「つまり種族保存という本能のため嫌うようになっている」
と淡々と説明されてしまいました(^_^;)

なるほど本能なら仕方がないと思ってしまいましたが、でもね・・・(笑)

決断を褒める

小松で長年子育てに関する相談所を無料で開設している先生がおられるのですが、その先生が悩みを抱え尋ねてきたお母さん方に「よく来られましたね」と、まずこの場に来たことを褒めるという話を聞きました。

相談に来られるというのは、自分の悩みを打ち明けるということであり、とても勇気のいることだろうと思うのです。

その勇気を出して、足を運んだ事実を褒めるというのですが、僕はとても大事なことを言われていると思うのです。

相談者の中には少し聞いて欲しいという内容から、厳しい現実に押しつぶされそうになって来訪する方もいると思うのですが、実際問題として解決は複雑に絡み合って難しいことが多いのではないでしょうか。

そういう中で大切なのは、問題と向かい合う「勇気と決断」だと思うのです。

善導大師の「二河譬」で、旅人が道を求め歩んでいるのですが、八方塞になって行き詰まってしまいます。しかしその中で勇気を持って決断し歩もうとした時に「発遣と召喚」という釈迦弥陀の呼び声を聞くと説かれています。

私自身いままでこの部分を、迷っている時に何らかの答えとなるようなアドバイスをもらって、白道を歩むと領解してきましたがそうではありませんでした。

落ちてもいいこの道で間違いないと自身で決断した時に初めて声が聞こえると書かれているのです。
つまりその「決断と勇気」に対して褒め、間違いないと後押ししてくださるのが「発遣と召喚」なのです。

そう思うと色んな事情を抱えて相談所やお寺に来られるというのは、まさに問題と向き合おうとする決断の表われであり、そこにこそ道があるのでしょう。

三定死(さんじょうし)は事実でない

「二河譬(にがひ)」の中に「三定死(さんじょうし)」が出てくるのですが、ひとつの行き詰まりを表している喩えがあります。

もともとこの話は旅人が西に向かって歩く所から始まるのですが、西に向かうというのは「自分自身と真向かいになる」「自分の生き方を探し始める」ことを意味します。

そして歩み始めると「火の河・水の河(煩悩)」と旅人を殺しに来る「群賊悪獣」と「白道(びゃくどう)」が出てきます。

そしてまたしばらく歩むと旅人は追い詰められて「三定死」という切羽詰った状況になるわけです。つまり元に引き返しても悪獣に殺されるし、この場に留まってもそのうち悪獣にやられるし、かといって幅四五寸の白道を渡ろうとすれば河に落ちてしまうというのです。

結果的に旅人は意を決して白道を歩むわけですが、よくよく考えてみればこの「三定死」は事実ではないということを感ずるのです。

一般的に「八方塞がり」といいますが、仏法に照らせば事実は塞がってはいないと教えられるのです。あれも立てようこれも立てようと自分を立てるから行き詰るのです。つまり自分の思いに縛られているだけのことであって、必ずやそこに道があるのです。

実はこの作者は二河(火の河水の河)と群賊悪獣を自分であると解説しています。つまり自身の見方受け止めから方から経験、実績などが邪魔をしてこの話の場合求道心を妨げるのです。

しかしその中で勇気を持って一歩を踏み出した時、一人ではなく「発遣と召喚」というずっと念じられていた自分であることをこの物語は教えてくれています。

求道者たれともに求道者たらん

「求道者たれ共に求道者たらん」というのは真宗大谷派(京都東本願寺)の教師資格を取得する時に、修練という研修を受けなければなりませんが、その道場のテーマになります。

「求道者たれ」というのは、道を求めてきた先達の願いであり、道場からの呼びかけを表すのですが、当初は何を言っているのか分からなかったです。

仏教の教えを聞いてそして少し生きることにまじめになったものが道を求め始める(求道)と思っていましたが、そうではないようです。

本人も気が付かないところで実は道を探していて、それが何かわからず目先の物に執着してしまっていた私たちを言い当てた言葉なのです。

『往生要集』のたとえ話に「幼い頃捨て子で本人は意識はないけれどその傷が深く染みわたっていて、その怨のためにいつか貴重な人生をご馳走と侍女数百人はべらせて幻の楽しみで一生過ごす」というたとえ話がありましたが、きっと本人は生き方を深く探しているのでしょうが、その思いに気が付かずに目先の物を追い求めて一生を費やしてしまうというのです。その全体を「幻」だと仏教は指摘するのです。
その意味で「求道者たれ」というのは「目覚めなさい」「本来の自分に帰りなさい」という促しでもあるのです。


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