日常私たちは、言葉や行動でコミュニケーションをとっていますが、物事には必ず「因位(いんに)」があると思うのです。
「因位」とは「もと」「たね」という意味で、仏教用語なのですが、根っこを表す言葉なのです。
たとえば子供が悪態をついて暴れてるとします。
物事を表面だけ見ていたら「なんと悪い子だ」と思い、わが子であればしかることになります。
でも、もしかしたら根っこで子供は「寂しい」「つらい」ということを叫んでいるのかもしれません。
もし親がその子供の根っこ触れれば、接し方も変わるし、いい方向へ向かうのではないでしょうか。
しかしそのことが感じれないと、お互い表面的なところにとらわれてで行き違いになってしまうと思うのです。
親鸞という人もその根っこを大事にしています。
そこがとても好きですね。
]]>