自由とわがままのちがい

自由は辞書を見ると「心のままであること。思う通り。自在」「責任をもって何かをすることに障害(束縛・強制など)がないこと」(広辞苑)と書かれています

以前、喫茶店での会で友人が「束縛に耐えられない」と親を批判していたことがあったのですが、聞くと、結婚のことから門限のこと、服装に至るまでいちいち口を挟んでくるのだそうです。

その友だちは「私には自由がない」ことを口にしていたのですが、仲間から「家を出ればいいじゃないか」と指摘されて本人はハッと自分に気がついたのでした。

指摘どおり、もう社会人だから独り暮らしをすることは可能です。しかも独り暮らしをすれば親の束縛からある程度解放されるでしょう

しかし、今までそれをしてこなかったのは親といた方が楽だからです。親といれば食事のことからすべて面倒を見てもらえるし、お金も自由になります。
つまり友だちは無意識に親といることを選んでいた自分に気づいたのでした。

自分で選んだという自覚がないから、現実に対してグチっぽくなったり、束縛されていると感じてしまうのではないでしょうか。

私も周りのせいにしたり環境のせいにしたりしてできない理由意を並べ立て、自分の境遇を悲観していました。

しかし友人と同じように誰も束縛していたわけではありません。言うならば自分の思いが自分を束縛していただけなのです。

実際今日まですべて自分が選んできたのです。「我慢」してきたというかもしれませんが、物事をしないと最後に決めたのは自分なのです。

そのことに気が付かないまま、周りに責任を押し付けている生活を地獄というのかもしれません。

どんな境遇でも選んだという自覚がある人は「自由」であり「自在」なのです。


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