忘れられない名刺

今から10年ほど前にある年配の方から名刺を頂いたことがありました

その名刺は3つほど肩書きがあったのですが、すべて「元○○○・元○○○」と書いてあったのです。
もらったときは正直なところ・・・その人が哀れに思えてなりませんでした。

しかし現在はその気持ちがなんとなく分かるのですが(笑)
というのは、その人は自分がここにいるといいたかったのではないかと思うのです。自分であることの存在証明をしたかったのではないかと思うのです。

しかし問題は「ありのままの自分」ではなかったということではないでしょうか。

それがなかなかできずに「元○○○・元○○○」という名刺になったのでしょう。現在の自分ではなく過去の栄光の自分であったというところになんともいえない思いがよぎります。

実はこれは名刺をくださった人だけでありません。私たちもまた同じ問題を抱えています。

聖徳太子の17条憲法に

「我れ必ずしも聖に非ず 彼れ必ずしも愚に非ず、共に是れ凡夫(ただびと)のみ」という言葉があります

僕はこの凡夫を「ただびと」と読んでいることが気に入っているのですが、人はありのままの「ただびと」になれないのです。

ただびとになれないからいろんなことに苦しんだり悩んだりしているのではないでしょうか。

しかし仏教はどこまでも「ただびとに帰れ」と呼びかけているのです。


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