問題が言葉に遇わす

あるご法事に行った時のことです。

そのお家は十数年前に子どもさんを亡くされました。

お勤めが終わった後、奥さんから当時某新聞にM先生のコラムが連載されていて、その最初の数ヶ月の部分を手に入れて欲しいというご依頼を受けました。

本人が言うにはその先生の言葉に非常に感銘し、見つけてからはストックしているけれども、どうしてもその前の部分が読みたいというのです。

当時私は小松に来たばかりで、右も左も分からず、考えた挙句直接先生のところにお願いに行くことにしました。

先生に事情を説明すると快くお引き受けいただき、後日その日までの全部をコピーして送ってくださったことです。

私はこれらのことを通して教えられたことがあります。

できればこういった出来事には遭いたくありませんが、しかしその事実が先生の言葉に遇わせたのではないでしょうか。

逆に順風満帆であれば、M先生の言葉は目にも留まらなかったでしょう。いわばが悲しみが本物の言葉に遇わせたのだと思うのです

映画を見ているとき、本を読んでいるとき、思わぬ言葉が飛び込んでくることがありますが、そんな感覚で先生の言葉が入ってきたのではないでしょうか。


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