今の自分には理由がある

喫茶こころでこんな話を聞きました

ある保育園であまりしゃべらない子どもがいたそうです。

好きなのか嫌いなのかいいのか悪いのか意思表示をあまりしない子なので先生もどうしてかなぁと思っていたところ、家庭訪問を実施したときにその理由がわかったそうです

その家は父方のおばあちゃんと母方のおばあちゃんが競うように世話していたのだそうです。

例えば子どもがお腹が減ったから欲しいという前に食べ物を出したり、飲み物を出したり、おもちゃを買え与えたり・・・・つまりすべてを先取りしていたのですね。

子どもがしたいと思う前にすべてのもを用意していたから、意思表示しなくてもよかったのです。言い換えれば、孫を思うあまり知らず知らず言葉にする機会を奪っていたともいえるでしょう。

このように良し悪しの判断はさておき、それぞれお互い今の自分ですが、それには必ず理由があるということを思うのです。

例えば口数の少ない人は今までその自分で問題がなかったからで、しゃべることが必要な人は自然と身についているのではないでしょうか。

生活の中で、むなしいさびしい、人に会うのがいやだ、自分を出せない、現実が引き受けられないなどなど、それぞれの自分にも理由があると思うのです。

問題はその理由を尋ねていくということが大切なことではないかと思うのです。

そのプロセスの中で時間がかかるかもしれませんが自分が見えるということが始まるのではないでしょうか。


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