わしもそうや

ある小松の福祉施設に行ったときのことです。

ボランティアで『正信偈』を教えていると、年配の女性が終わったら話を聞いてくれないかと私の袖を引っ張るのです。

自分のような若い!?人間に衣を着ているだけで話を聞いてほしいと思うことは、よっぽど思いが詰まっているに違いありません。

で、案の定その女性は、今まで自分がどう生きてきたのか、どういう思いをしてきたのかを私に訴えてきました。

そして、「耐えられない・・・・」と。今の自分に耐えられないというのです。

年をとり身体が衰える自分が引き受けられないとこぼされるのです。

私はどう受け止めればいいのかということを思い巡らしながら「その問題はあなただけの問題でない」ということを話しました。

というのは、私自身もそうですが、病気や思わぬことに出会って現実が引き受けられずに悩んでいる人がたくさんいるからです。

その意味であなただけでないんだと言いました

それに対してしばらく考えていたようでしたが、突然たまたま近くでずっと私たちの話を聞いていた男性に「あんたもそうか」と尋ねるのです。

するとその男性は間髪いれずに「わしもそうや、わしもそうや」と言われたのです。

それを聞いたその女性は今まで暗い顔をしていたのが、パッと明るくなったのです。
まるで、花が開く瞬間を見た思いでした。

人は悩んでいるとき自分だけが重い荷物を背負っているように思いがちですが、少なくとも「わしもそうや」という男性の一言で、私はその女性が現実を少し引き受けられたように見えました。

話が終わったあと、職員にあの男性のことを伺うと「あの爺ちゃん、痴呆気味で人の後ついていくんや」と・・・・・。

でもあの人の「わしもそうや」という一言がなければ、決して顔が変わる瞬間を見ることができなかったですし、あの言葉は仏さまの言葉だったと今でも思っています。


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